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挑戦者は美しい
皆様おばんでございます! 2月27日、店長の大西でございます!








突然ではございますが、最近、どうも「お笑い番組」で笑えないんです。




「バラエティ」という大きな括りも含めてですが、基本的に、テレビをみるときはそれなりに“期待”するものでございますよね。



ま、それでも、真剣に見るというよりは、日常生活のなかで「なんとなくついている」というほうが多いですから、その点からは、矛盾するようですが内容はでうでもいいといえるのかもしれませんが、それでも、芸人さんがネタを披露してくれる番組なんかでは、やはり、しっかりとしたものを期待するわけでございますよ。




しかし・・・



最近はなぜだかあまり面白くないものばかりが横行し、ま、僕の笑いのセンスがさび付いているだけなのでしょうが、とにかく、なんでこれでテレビに出演することができるのかと不思議に思ってしまうことが多く、結果、そのたびにテレビからお気に入りのDVDに切り替えることになり、更に「今」の笑いが解らなくなるという繰り返しなんです。




てかですね、ここで疑問に思うのですが、「笑い」というものに、はたして「今」や「解る」というキーワードは必要なんでしょうかね。




もちろん、使いまわす言葉には流行りなんてものもありますし、使う小道具や芸人さんのスタイルなんかは「今」というものが存在するのでしょうが、しかし、笑いを「わかる」「解らない」という選択肢で図るなんてのは、例えば、熱湯に手を浸して「熱いか」「熱くないか」を判断せよと言っているのと同じだと思っておりまして、つまり、「誰でも無条件で笑わす(楽しませる)ことができるもの」、また、「その範疇が可能な限り広いもの」を披露するのが豊潤な芸というのではないのでしょうか。




ま、当然のことながら、嗜好には好みというものが絶対に介入してきますから、その点ももちろん組み入れて考慮すべきなのでしょうが、それにいたしましても、「ワンパターン」ばかりが名を変え品を変えしている最近のテレビ番組は、もう、みなくても損はしないと言い切っても良いでしょうな。






娯楽というものが極端に少なかった時代は、テレビが放つ存在感や世界観は特別なものがあったことでしょう。


しかし、掃いて捨てるほどに娯楽が溢れ、かつ、全てにおいて多様化した価値観を多くの人が持つようになった現代では、誰が言ったか忘れましたが、もう、テレビで表現できることは限界が来たのかもしれませんね。






とにかく、テレビはつまらん・・・・。





さてさて、今日の「レッドカーペット」と録画で見た「R-1グランプリ」のあまりのくだらなさに(除 あべこうじ)ついつい枕が長くなってしまいましたが、気持ちを切り替えてしっかりと本題のほうを更新してまいりましょう!





本日は「挑戦者は美しい」というタイトルでございます。





今日もですね、いつものようにヤフートピックスからの話題でございますが、先程何気に眺めておりますと、個人的にはかなり考えてしまうような話題が載っておりましたので、そこら辺からのお話なんぞを認めてみようかなと、こういう次第でございます。




で、早速その話題でございますが、




「五輪フィギュア 採点傾向に変化、ジャンプ回転数甘めに」




という、25日に競技が終了したバンクーバー冬季五輪のフィギュアスケートにおいて、今大会はジャンプの大技度や回転数の認定は甘めで、エレメンツ(要素)のGOE(出来栄え評価)、表現力などを示すプログラム構成点に主眼が置かれた採点だったと伝えたものなんですね。




記事を詳しく読んでみますと、今回の五輪では自己ベスト得点や今季ベスト得点の更新が続出、その原因として、平松純子・国際スケート連盟(ISU)技術委員は「(ジャッジ用)教育ビデオで『質のいいものはどんどん点をあげよう』とあり、それが表れてきた」と指摘し、「ジャンプは高さや前後の流れで質を評価するし、連続ジャンプは高さの差が大きい『親子』より、差が少ない『兄弟』の方がいい」と説明したとのことなんですよ。




それらの理由により、韓国のキム選手と日本の浅田選手における点差となったとのことなんですが、それにしても、キム選手についたGOEの高さには驚くばかりでございます。





まぁねぇ、末席ながら僕も採点競技の選手をしておりますから、点数が出ることについては十分に納得といいますか心情的な理解をしているつもりでございますから、たとえ「不透明」といわれようと、偏った採点が見受けられようと、そこに明らかな不正が見えない限りは「ジャッジが絶対」という腹積もりはもっておりますが、しかし、前人未到の大技にチャレンジし、それを見事に成功させた「スポーツ選手としての競技者」が、その点において評価されず、むしろ、そこを回避した「芸術を表現する者」という選手が倍以上の大きな評価を得ることには、素人ながらもどうしても腑に落ちないんですよ。





参考までにですね、今回のキム選手が獲得したGOEを、他の選手と比較して見ますと、




キム・ヨナ選手 17・40


というのに対し、


史上初、オリンピックの舞台でトリプルアクセルを2回決めた浅田選手が

8.82

という、キム選手と比べて約半分の点数なんですね。



更にですね、例えば、フィギアスケート男子金メダルのライサチェック選手のGEOは、なんと9.46でございますし、軽々と4回転−3回転を決めた男子銀メダルのプルシェンコ選手は7.8という点数なんですよ。




もちろん、男子と女子では観点も違うでしょうし、そこにどのような線引きがされているのかは知りませんから軽々しくは言えないのかもしれませんが、それでも、男子チャンピョンのGEOの約倍という点数は、それこそ、その基準を激しく知りたいと思うのも当然でしょう。





ここで、誤解なきように書いておきますが、僕はもちろん、キム選手の金メダルに不満を持っているわけではありませんし、それに相応しい艶やかなスケートだったとはおもいます、それに、こうしたことを知った上で浅田選手とキム選手の「出来栄え」を素人目から見てみても、キム選手のほうがなめらかだったかなとは感じますが、とにかく、「技や技術の進歩・進化」という、競技という特性上不可欠な要素に主眼が置かれていないという状況は、はたして、フィギアスケートに限らず、多くのスポーツにとってプラスなのかどうなのか、もちろん、その進化や進歩にも限界は訪れるのでしょうが、しかし、今のところはまだ(フィギアスケートにおいて)限界が見えているとは思えませんから、もう少しこう、「スポーツ」というものを躍動的に捉えてほしいと思う次第でございます。








「採点傾向」という言葉もあるように、こうした採点による勝敗を決める競技には、永遠に、それに対する不満と批判がつきまとうでしょう。


その意味からは、「言ってもしょうがない」というところが選手の選手たる所以でございましょうし、そこに対して突っ込むのは僕のような「土俵外」の者だけでしょうから、ひょっとすると当事者たちはどこ吹く風なのかもしれませんが、いずれにいたしましても、浅田選手のスケートが多くの日本人を虜にしたことだけは間違いありませんから、最大で最高の「ありがとう」を贈りたいものでございますね。





挑戦するものは美しい!!





それでは今日はこの辺で。

また明晩ラブ



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